リチュアルダンス

浅田真央さんの引退の一報を聞いた時、「ああ、良かった。背負っていたものからやっと解放されるんだ。」と思いました。
幼いころからマスコミに囲まれ、日本中の期待を受けながら、自分を極限まで追い込み、全ての時間をスケートに注ぐ日々の繰り返しは、どれだけ孤独で辛かったでしょう。

自分との闘い

表現の舞台は違えど、レベルはかなり違えど、踊り手としてフィギアスケーターの気持ちに共鳴することは多々あります。
私はフラメンコの先生に「立ち姿でさえ美しく。どの場面を切り取っても、写真に撮られても、額縁に入った絵のように。」と言われますが、彼女はまさにそう。氷上に立っているだけで華のある、自然とスポットライトがあたっているかのような選手です。

ソチ五輪での彼女のラフマニノフは、魂のこもった、静かだけれど心の奥では叫んでいるような演技で、いつ映像を見ても胸を締めつけられ、涙がにじみます。あの演技をした後、休養を経て再び競技生活に戻ってくることは、気持ち的にも体力的にも容易ではなかったですよね。復帰して、若い世代が急速に成長して表彰台にあがる一方、ジャンプも決まらず、プログラムも「え?これで終わっちゃったの?」という内容が続く中、周囲からは「あれで辞めておけば良かったのに。」「未練があったからでしょ?こんな風になっちゃって。」などという声も聞こえました。

でも、私はこれで良かったのだと思います。ハッキリした言葉で言えば、ピークが過ぎてみっともなくなっても、これで良かったのです。かっこ悪くても良いじゃないですか。自分の信じた道を貫く姿は清々しい。私たちはしっかりと見届けました。全てやりきって、「私のスケート人生に悔いはない。晴れやかな気持ち。」そう言える浅田真央さんになった、引退会見での表情を拝見する事ができて、本当に本当に嬉しいです。

リチュアルダンス(火祭りの踊り)

さてさて、ここからフラメンコのお話。
フィギアスケートではフラメンコの曲が多く使われますが、浅田選手の最後の演目「リチュアルダンス」もその1つです。SPではピアノ曲に黒の衣装で「静」を、FSではオケ曲に赤の衣装で「動」を表現していましたよね?

この曲はスペイン人作曲家ファリャのバレエ作品「恋は魔術師」の中の一曲です。私は「リチュアルダンス」という曲名ではなく、「火祭りの踊り」と覚えていました。日本ではこのほうがメジャーのようです。
この曲には、美しい未亡人に恋人ができそうになった時、亡き夫の亡霊が現れて邪魔をし、未亡人は友人に亡き夫の霊を誘惑させ、その間に愛をゲットしようという、実はたくましいストーリーがあります。

「火祭りの踊り」とも言われるのは、火を焚いて踊る儀式を表現しているためです。SPの黒い衣装は、呪文をかける黒鳥と悩まされている女性。この時、火はまだチロチロ程度。
FSの赤い衣装は解き放たれ、恋する喜びに燃えている女性。ここで火はメラメラに燃えさかり、その炎の前で未亡人は激しく踊る。そんなプログラムだった訳なのです。

フラメンコでもフラメンコギター版ではなくオーケストラ版を使い、怪しく神秘的な旋律と激しいリズムで、怨念と情熱の炎を表すような踊りになっています。厳密にはフラメンコではなく「スペイン古典舞踊 クラシコエスパニョール」に分類されます。
同じ作曲家、ファリャのオペラ曲「ラビダブレベ はかなき人生」もクラシコエスパニョールとして良く踊られています。その他のフィギアスケートで使われるフラメンコ曲とともに、追々ご紹介したいと思います。
何より浅田真央さん、お疲れ様でした。引退会見もとても立派でした。超一流のアスリート。背中の荷物を降ろして、これからは20代の普通の女性の生活をおくれますよう、心から願っています。

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